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宇多田ヒカルがRPGを嫌いな理由 (via asada-santohei) (via plasticdreams) 2008-04-25 (via gkojay) (via petapeta) (via 00a) (via vevev) (via fukumatsu) (via suyhnc) |
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美術館に入るとやけに精巧な、そして巨大な、おばさんとおばあさんの中間くらいの像が立っていた。ロン・ミュエクだ。
私のあとから、像と同じくらいの年代の女性と、その娘という風情の二人連れが入ってきて、それを見るなり、同時に吹き出した。
気持ちはよくわかった。可笑しいから笑うのではない。名付けようもない感情が閾値を超えたから笑うのだ。
個人的に、芸術コンテンツにはそういう経験を求める。つまり、名付けようのない、きちんと整理できない感情的な経験みたいなものを。
たとえばこのあいだ「空気人形」を観たんだけれど、私は空気人形がシュウ ウエムラのカウンタでお化粧してもらうところでぼろぼろ泣いた。
最近やけに涙もろいので、映画はひとりで観ることにしている。でも、それにしたって泣くところではない。
別に感激したわけではない。悲しくなったのでもない。自分でも意味がわからない。
そして、意味のわからない経験をこそ、私は求めているのだと思う。
意味のわかる世界にずっといると、私は息苦しくなる。あるいはちょっと元気がなくなる。
もちろん私たちは、コントロールできない部分や道理にあわない部分を意図的に排除して平穏な生活を手に入れている。
でもそうじゃない部分は確実に存在する。私たちのなかに、私たちの外の世界に。
芸術というのは私にとって、小さい窓をあけてそれを見せてくれる装置だ。
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